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盛岡地方裁判所 昭和49年(わ)98号 判決

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

第一  本件公訴事実は、「被告人菊池昭男、同鈴木〓一は、坂本博ほか五名と共謀のうえ、昭和四八年四月一八日午後九時三〇分ころ、岩手県上閉伊郡大〓町大町七番六号所在の大〓郵便局長中村実管理にかかる同郵便局舎内にスト権奪還などと記載されたビラ多数を貼付する目的で、故なく侵入したものである。」というものであり、被告人らの右行為は刑法六〇条、一三〇条に該当するというものである。

当裁判所において取り調べた、被告人両名の当公判廷における各供述(第一二ないし一四回公判期日におけるもの、なお、被告人菊池の関係においては、第一三回分離につき、同公判調書中の被告人鈴木の供述部分)、第一〇回公判調書中の被告人菊池の供述部分、被告人らの司法警察員及び検察官に対する各供述調書、証人中村実(第三、四回公判)、同安部秀一郎(第五回公判)、同黒沢貞雄(第七回公判)、同三部晴康(第八回公判)、同大村勝雄(第九回公判)及び同御園秀(第九回公判)の各公判調書中の各供述部分、司法警察員作成の検証調書、「郵政省庁舎管理規程」及び「同規程の取扱について」の各写、押収してある「春斗決戦段階に向けての取組みについて」と題する書面一綴(昭和五二年押第四三号の一)、「各支部代表者会議」と題する書面一綴(同号の二)、「全逓いわて」一部(同号の三)を総合すると、右公訴事実は、被告人らの行為が刑法一三〇条にいう「故なく侵入し」に該当するかどうかの点を除き、後記第二に判示のとおり、これを認めることができるのであるが、以下に本件が罪とならない理由を述べることとする。

第二  前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

(被告人らの経歴及び本件に至る経緯)

被告人菊池昭男は、昭和三三年三月中学校卒業後、自宅で農業手伝いをしていたが、昭和三七年六月から釜石郵便局に郵便集配係として勤務し、本件当時全逓信労働組合(以下全逓という)岩手地区本部釜石支部書記長をしていた、被告人鈴木〓一は、昭和三八年三月中学校卒業後、高校定時制に進学すると同時に釜石郵便局に郵便集配係として勤務し、本件当時全逓岩手地区本部釜石支部青年部長をしていたものである。

ところで、全逓岩手地区本部は、「大幅賃上げ、合理化労務政策反対、年金の大幅改善、ストライキ権の奪還」等を要求項目としたいわゆる七三年春季闘争(昭和四八年)の一環として、全逓中央本部の指令にしたがい、昭和四八年四月九日に、「ストライキ権確立、腕章、ワツペン着用、ビラ貼り、決起大会開催」等の闘争方針を決議し、同年四月一七日の年金スト、四月二二日から二八日にかけての波状ストライキの実現に向けて全逓組合員の意識統一、支援態勢を盛り上げるよう、同地区本部内の下部組織である各支部に伝達した。これを受けて釜石支部では、同支部がストライキの拠点として予定されていなかつたため、同年四月一〇日の支部執行委員会で、情宣活動として支部内の全局にビラ貼りをすることをも含めたいわゆる大衆行動としての春季闘争方針を決議した。

このような状況の下で、岩手地区本部からの四月一六日以降に具体的行動に移れとの指導にしたがい、昭和四八年四月一六日ごろ、釜石支部青年部の組合員が中心となつて、同支部内の郵便局について、局舎の規模に応じて、釜石局二〇〇〇枚、特定局として比較的大きな大〓局一〇〇〇枚、その他の特定局五〇〇枚とのビラ貼り活動についての貼付枚数、貼付方法等の具体的計画をたて、同日夜、同支部内の唐丹郵便局に約五〇〇枚のビラ貼りを実行した。同月一七日午前、岩手県上閉伊郡大〓町大町七番六号所在の大〓郵便局長中村実は、東北郵政局の赤沢労務連絡官からビラ貼りを注意するようにとの電話連絡を受け、この旨を右大〓局々長代理の安部秀一郎に伝えたが、ビラ貼り阻止のため他局の全逓組合員の入局を阻止するよう宿直員に指示したり、厳重に門などを施錠するとか、局長らにおいて泊まり込み態勢をとるなどの特別な措置はとらず、局長と局長代理の二名で交替で見回りをすることにし、同日は午後九時から午後一二時までの間一時間交替で局舎に立ち寄り、ビラ貼りの有無を確認するという方法の警戒態勢をとり、同月一八日午後九時には、局長代理において、郵便物をポストに出しに行つたが、局舎には異状がなかつた旨局長に電話で報告していた。

(大〓郵便局の位置、状況)

本件の大〓郵便局は、岩手県釜石市の北に隣接し、三陸沿岸部に面した大〓町の中心部に位置し、所属職員は局長を含めて二八名(うち全逓組合員二五名)であり、局舎は間口八メートル、奥行二一・八メートルの木造モルタル二階建で、一階にお客様ルーム、一般事務室、郵便外務室、宿直室などがある。局舎正面お客様ルーム入口の向かつて右側に通用門があり、通用門から入つた所が中庭になつており、中庭に面して局舎の郵便発着用出入口がある。

(本件立ち入り前後の被告人らの行為)

昭和四八年四月一八日午後、被告人両名、坂本博、藤井優、口川忠雄、小笠原孝昇、佐藤子郎、佐藤郁夫の全逓組合員らが、釜石市の全逓釜石会館に集つた際、当日夜、大〓郵便局にビラを貼ろうと相談し、被告人両名ほか右の六名は、かねて準備していた縦約二五センチメートル、横約九センチメートル大の西洋紙に「合理化粉砕」「大巾賃上げ」「スト権奪還」「時間短縮」とガリ版印刷したビラ合計約一〇〇〇枚、小麦粉の糊、バケツ等を携え、被告人菊池ほか一名所有の自動車二台に分乗して、同日午後九時三〇分ごろ、前記大〓郵便局に至り、右のビラを貼付する目的で、施錠していない通用門から中庭を通り、同局舎の同じく施錠していない郵便局発着口から、宿直員御園秀に「おい来たぞ」と声をかけて土足のまま同局舎内に立ち入り、右のビラ約一〇〇〇枚を窓ガラス、備品等に貼付していたところ、同日午後一〇時過ぎごろ、同局局長中村実が見回りに立ち寄り、局舎に既にビラが貼られ、被告人らが中にいる気配を察した同局長は、同郵便局の近くに居住している局長代理の安部秀一郎を呼び出して二人で同局舎に戻り、郵便発着口から局舎内に入り、同局長において、被告人らに「やめなさい。」と大声で制止し、被告人菊池において「このビラ貼りは、どこでも組合活動としてやつているんだ。」と言つたのに対し、「それは関係ない。ビラをはがしなさい。」等のやりとりがしばしあつた後、同日午後一〇時四五分ごろ、被告人ら八名は同局舎を退出したものである。

第三  検察官は、本件に関し、

一  本件立ち入り行為は、その態様からも、また管理権者の意思に反した立ち入りであるという点からも違法性を有するものである。

すなわち、本件ビラ貼りは、昭和四八年春闘の一環として行われた情宣活動の一つであると認められるが、この春闘の要求項目は、いずれも政府あるいは郵政省に対するものであり、具体的に大〓局あるいは、釜石局に対する要求項目は無く、実際にも本件当時要求項目についての交渉は持たれていなかつたこと、本件の如く多数のビラを所かまわず貼付したことは組合活動として常軌を逸した行動であること、立ち入るについて当局側は、これを認めないという態度を示していたこと、被告人らは、管理権者の承諾は勿論推定的承諾が認められる状況ではないことを認識していたにもかかわらずあえて敢行したこと、宿直勤務者の黙認は、本件の場合何ら違法性の存否に影響を及ぼさないこと、被告人らが立ち入るに際し、自分等の勝手な解釈の下に、当時禁じられていた土足で入室していること、土足で入室するだけの緊急性はなかつたことなどの状況から判断すれば、被告人らの行為は明らかに違法であり、これを阻却する事情は何ら認められない。

二  本件立ち入りの目的から見ても違法性を有する。

本件立ち入りの目的であるビラ貼りは、局舎の至るところに雑然と貼付し、しかも、ビラに糊を塗つて貼りつけるという方法ではなく、貼付対象物にビラの大きさよりも広範囲に糊を塗りつけ、その上にビラを貼るという方法で行つており且つビラとビラとの間には、空間はあるもののその間には糊が塗りつけられている状態であり、本件局舎全体及び貼付対象物それぞれの美観を著しく害し、これを見る者に不快の念を抱かせる状況であり、ビラ貼り自体違法と評価されるものであつて、本件の立ち入りは、この様な目的をもつて敢行されたもの即ち違法目的での立ち入りと評価でき、建造物侵入罪に該当することは明らかである。

三  闘争時、右の如きビラ貼り及びその目的のための局舎立ち入りは、決して慣行化されていなかつたものである。

すなわち、当局側が事前に、ビラ貼りを阻止する旨の態度表明をしており、大槌局においても同局々長及び局長代理が、前日から夜間の見回り警戒に当つていたこと、これまでに慣行化するだけの前提事実がなかつたことなどから判断し、慣行化されていなかつたことは明らかである。

との諸点を指摘し、被告人らの本件立ち入りは、明らかに建造物侵入罪を構成するものであると主張する。

第四  そこで、以下、被告人らの本件行為が建造物侵入罪に該当するか否かについて判断する。

一  ところで、刑法一三〇条が保護しようとする法益は住居等の事実上の平穏と解される。したがつて、住居等に立ち入る行為が侵入にあたるか否かは、その行為が住居等の平穏を害する態様のものであるか否かによつて決定される。そして、住居等の平穏を害するか否かは、立ち入り行為について主観客観の両面から総合的に判断さるべきである。通常、故なく人の管理する建造物に侵入したというためには、正当な理由がないのに建造物の管理権者の意思に反して立ち入つたかどうかによつて判断される。建造物内の平穏はその中で執務し生活する多数の者の平穏であるが、それはその建造物内の平穏を維持する責任者、すなわち管理権者の建造物内における自由な管理支配状態によつて表現されており、管理権者の意思を無視する態様での立ち入り行為が建造物内の事実上の平穏を乱すことになるからである。

しかし、管理権者の意思に反する立ち入り行為がすべて侵入行為に該当するとはいえない。侵入行為に該当するか否かはその行為が住居等の平穏を害する態様のものであるかによつて決定されるべきもので、管理権者の意思はその判断の重要な資料にすぎないからである。日常において、郵便局に出入りする利用者のうち、局長個人の意に沿わない者については勿論、他局の全逓組合員による職場交渉、職場内集会等を目的とする入局が管理権者である局長において快しとしないものがあつても、これが社会的に相当な範囲の組合活動である限り、これらの者の建造物内への立ち入りが管理権者の意思に反するからといつて、直ちに建造物侵入罪に該当するとはいえない。同様にして、行為が住居等の平穏を害する態様のものであるかどうかは行為の目的だけで決定することもできない。

建造物侵入罪が成立するといえるためには、行為者の目的、侵入の態様、管理権者の意思に反する程度等具体的な事情を考慮して、建造物内の平穏が乱されたか否かを判断する必要がある。

二  そこで、前示認定のとおり、本件は、その立ち入り行為自体の態様はごく平穏なものであつたのであるが、なお被告人らの立ち入り行為について問題となる点を検討することとする。

(一)  前示のとおり、本件では、実際に局舎を管理する任務についていた宿直員御園秀は、被告人らの立ち入りに際してこれを制止せずこれを黙認していたものということができる。

したがつて、通常は、宿直員の承諾があれば、それは管理権者の承諾と同視され、建造物侵入罪は成立しないといえる。

ただ、本件大〓局々舎の管理権者が局長の中村実であることは郵政省庁舎管理規程により明らかなところであり、このことは、局長不在の場合あるいは夜間に宿直員を置いている場合でも、変わりはない。同局舎の管理権者は本件のように勤務時間終了後も宿直員ではなく、同局々長であると解せられる。また、宿直者といえども、管理権者からある程度包括的に委ねられた庁舎管理権の範囲を超えて、その信頼を裏切るような形で承認を与えることが許されるわけではない。

本件では、前示のとおり、本件前日から局長及び局長代理がビラ貼りを警戒して見回りをしていたのであつて、局長がビラ貼り目的での立ち入りを認めない意思を持つていたことは明らかであり、また、被告人らが貼付しようとしていたビラの枚数が約一〇〇〇枚もの多数であつたことを考慮すれば、宿直員においても管理権者である局長がこれを認めないであろうことは容易に推測しうるところであり、宿直員御園秀がこれを黙認したのは、局舎の管理を委ねられている宿直員としては、妥当な措置とはいえず、宿直員の同意があつたとしても、本件立ち入りは、管理権者の意思に反していたものというほかない。

しかし、前示のとおり、本件の前夜において局長及び局長代理が交替で見回りをしていたこと、本件当日も午後九時に局長代理が見回りを実施し、局長中村実に異状がなかつた旨の電話報告をなしている等の警戒態勢をとつていたことは認められるが、それ以上にすすんで、局長中村実において宿直員に他局の全逓組合員によるビラ貼り目的での入局を拒否するよう指示した事実はなく、郵便発着口の戸に局長名で「当局職員以外の無断入局を禁ずる。」という貼紙があるものの、それは特に本件のために掲示したものではなく、本件大〓局をも含め一般に郵便局に平素から表示されていたものであること(前掲検証調書、証人中村実、同安部秀一郎の各証言)、前示のとおり、ビラ貼りを特に警戒して通用門等に特別の掲示を出したり、施錠その他によつて、ビラ貼り目的での入局が容易に出来ないように特別の措置を講じた形跡は認められないこと、また、東北郵政局を通じてビラ貼りを警戒するようにとの指示を受けた点についても、同局長において、これを局長代理以外の者に伝えて、ビラ貼り阻止の意思を表明していなかつたこと、また、局長らの局舎見回りも、局舎の外側からビラ貼りの有無を確認する程度に止まり、宿直員においても局長らが、ビラ貼りを警戒して見回りをしていたことを知らされていなかつたこと等の事情のもとでは、管理権者である中村実のビラ貼り目的での立ち入り拒否の意思は同人の内心に留保されていたに止まり、客観的にみた場合、同局長の立ち入り拒否の意思は、それほど強固なものでなかつたものとみられてもやむを得ないところであると認められる。

(二)  次に、検察官は、被告人らが局舎内に立ち入るに際し、当時禁じられていた土足で入室していることをもつて被告人らの立ち入りの態様が平穏でない旨主張するので、この点について検討する。

前掲公判調書中の証人中村実、同安部秀一郎の各証言によれば、本件当時、局舎内ではスリツパを履いて執務していたものであるが、被告人らは入局に際し、土足のまま立ち入つたことが認められる。しかし、本件局舎内は、木製板敷の床を油で拭いた体裁になつており、郵便発着口の入口に外部からの訪問者のためのスリツパ等の用意がされていなかつたこと、本件後、いつのころからか局舎内に土足で立ち入ることが許されるようになつていること等の事実も認められこれらの事情を考慮すれば、土足での入局がためらわれるようなものであつたとはいえず、被告人らの土足での立ち入りが多少配慮を欠いたものであるとしても、看過し得ないような不穏当な態様のものであつたとは考えられない。

(三)  また、検察官は本件が立ち入りの目的からみても違法性を有すると主張するので、この点について検討する。

被告人らがビラ貼り目的で本件郵便局舎への立ち入り行為をなしたことは前示認定のとおりであり、被告人らもこの点については争わず、むしろ、本件立ち入りが正当な組合活動である旨主張する。これに対し、検察官は、ビラ貼りが建造物損壊その他の犯罪に該当する旨の判例を引用して、前記のように本件のビラ貼りの貼付枚数、方法、結果等からみて本件ビラ貼りが違法と評価されるものであつて、本件立ち入りはそのような違法目的でなされたものであるから建造物侵入罪に該当すると主張する。この主張に対し、更に、弁護人は、本件公判の冒頭段階で建造物侵入罪より建造物損壊、器物損壊罪の方が法定刑が重いのにもかかわらず、何故前者のみ起訴したかの点について弁護人が釈明を求めたのに対し、検察官において、ビラ貼りは違法ではあるが本件ではビラ貼りを審判の対象としないと答え、裁判所においてもビラ貼りの点は侵入目的を明らかにする限度で立証を許すとして公判が進行したという訴訟の経過からすれば、論告の段階になつて、ビラ貼りが実質的に犯罪を構成することを強調し、建造物侵入の成立を論じるのは許されず、裁判所も刑事訴訟の構造上これに拘束され、侵入の目的をこえてビラ貼り行為の事実認定を行ない建造物侵入罪が成立するとすることは許されないと主張するので、まず、弁護人の右主張から検討する。

たしかに、本件は社会的事実としてはビラ貼り行為に重点があると考えられるが、検察官は、被告人らのビラ貼り行為を建造物損壊、器物損壊その他の犯罪にあたるものとして起訴していない。そして、検察官が、訴訟の当初、ビラ貼りの点は審判の対象にしないと釈明に答え、当裁判所がビラ貼り行為については侵入の目的を明らかにする限度で立証を許すとした本件訴訟の経過については弁護人が指摘したとおりである。

しかし、建造物侵入罪の成否には、目的の当否も関わるところであり、当然この点も審理の対象とならざるをえない。ビラ貼り行為を審判の対象としないということは、建造物損壊等の構成要件にあたる事実を一切立証してはならないということではなく、建造物侵入の違法性を基礎づけまたはこれを阻却する事由と関連する範囲、あるいは情状の点として証拠調を行うことは何ら妨げられるものではない。

ただ、ビラ貼りの行為が「罪となるべき事実」として訴因として挙げられていない本件にあつては、自らその審理の範囲、限度には制限があり、その限度を越えて、ビラ貼り行為が建造物損壊罪等に該当するか否かを審理し、その結果をもつて建造物侵入罪が成立するか否かを認定することは、当面の審判の対象となつていない訴因について、訴訟法上認められた充分な攻撃、防禦をつくさせずに、有罪または無罪の判断をすると同様のこととなるおそれがあると考えられる。弁護人が、検察官において本件ビラ貼り行為が実質的に犯罪を構成するものと論じ、もつて本件立ち入り行為が住居侵入罪に該当するものと断ずることは不当である旨主張するところは、右の限度において正当と認められる。

しかし、本件では、被告人らは組合の役員として前示郵政省庁舎管理規程を知つていたと認められるのであり、施設管理権との関係に限つていえば、貼付物件の管理権者の承諾を得ないビラ貼りは違法であり、組合活動として行なわれたからといつて、それだけの理由では正当行為となることはないといえよう。本件の場合、被告人らは、右庁舎管理規程(六条)に反して、指定掲示場所以外の所に、管理権者である中村実の許可を得ることなく、合計約一〇〇〇枚もの多数のビラを貼ろうとしていたものであつて、このような多数のビラ貼りは、必要止むを得ないものであつたと認めることは出来ない。確かに、実際問題として、労働協約または労使の慣行によつて、管理権者が便宜供与として一定の場所への掲示を許し、または事実上承認されている場合があり、更に明示の承認がなくとも、業務の遂行や施設管理に支障のないものとして、事実上暗黙のうちに承認しているものと認められるべき場合もないとはいえない。前掲被告人両名の当公判廷における各供述及び公判調書中の証人大村勝男の証言によれば、本件以前にも、昭和三九年、四一年の春季闘争及び年末闘争の際、あるいは本件後の昭和四九年の春季闘争の際などに、本件と同一規模または、それ以上の枚数のビラ貼りが行なわれ、本件当時も大〓郵便局以外の局に多数のビラが貼られた事実があり、それらについて特に告訴が行なわれたという事例はなかつたことが認められるが、右の事実をもつてして、直ちに本件のように多数のビラ貼りが労使慣行として成立していたと即断することは出来ない。弁護人らは、ビラ貼り活動が組合活動の一環であり、全逓の職場環境の特殊性からも組合運動として重要なもので正当な組合活動であると主張するが、それが建造物損壊にあたるか否かは別として、局舎管理権との関係に限つていえば、管理権者が本件のような多数のビラ貼りを許可すべきいわれはなく、その意味で、本件は、庁舎管理規程に反する違法なビラ貼り目的をもつての局舎立ち入りであつたというほかない。

三  以上検討してきたところにより、本件立ち入り行為が建造物侵入罪に該当するかどうかを判断するに、被告人らの本件立ち入りは、昭和四八年春季闘争の一環として全逓の闘争方針のもとに行なわれた情宣活動の一つとしてビラを貼付するためなされたものであるが、その目的は組合活動としてのビラ貼り行為に止まり、それ以上の暴行にわたるような行為に出ることを目的としてはおらず、それは郵政省庁舎管理規程に反するという意味で違法な目的であつたというほかないが、違法性の程度はそれほど強いとはいえないこと、そして、被告人らの立ち入りは先に検討したように管理権者たる局長の意思に反していたものであるが、管理権者が立ち入りを拒否する意思も客観的にそれほど強固なものであつたとはいえないこと、局長が懸念していたのは、立ち入り行為よりもむしろ起訴されていないビラ貼り行為自体にあつたと認められること、特に本件では、その立ち入り行為自体の態様が、現実に局舎看守の任に当つていた宿直員が制止せず、これを黙認しており、被告人らは鍵のかかつていない通用門から中庭を通り、郵便発着口の戸を開けて宿直員に声をかけ、その黙認のもとに局舎内に立ち入るという、全く平穏なものであつたこと、また、本件立ち入りは時間的にも勤務時間終了後で執務の妨害にもならなかつたこと等の具体的事情を考慮すると、被告人両名の本件立ち入り行為は、いまだ建造物侵入罪の構成要件に該当しないというべきである。

第五  なお、弁護人は、本件は、昭和四八年のいわゆる七三春闘に際し、被告人らが、その所属する全逓の指示の下に、組合活動の一環としてのビラ貼りのため、大〓郵便局々舎内に立ち入つた事件で、正当な組合活動の手段として行われたものであり、本来犯罪とならず起訴されるべきいわれのないもので、本件公訴提起は、全逓の組合活動に対する不当干渉であり、検察官が公訴権を濫用したものであるから公訴棄却の判決がなされるべきである旨主張する。しかし、本件のような多数のビラ貼りが刑事々件を構成するか否かは別として、本件立ち入り行為が一見して明らかに犯罪を構成しないということも出来ず、起訴検察官に全逓の組合活動に対する不当な干渉の目的があつた事実を認めるべき証拠もないから、弁護人の右主張は採用できない。

第六  以上のとおり、結局、被告人両名の行為はいずれも罪とならないから、刑事訴訟法三三六条により、被告人両名に対し無罪を言渡すこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

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